ネバダ,ロケット,宇宙兄弟

去る9月11〜20日の間,ネバダ州のブラックロックという砂漠で開催されたARLISS2010コンペに参加してきました.その時のことを少し日記にします.ちなみに途中宇宙兄弟の11巻ネタバレを含みますので注意.あとむやみに長くてごめんね.
ちなみにここに載せた写真+αはここに置いています.

ARLISSとは

公式:ARLISS2010
学生が作った小型人工衛星*1を,アメリカのアマチュアグループのロケットで高度4kmまで打ち上げ,放出後に各種実験を行うプロジェクト.1999年から毎年開催されており,東大もたびたび参加している.第1回大会当時の東大チームの奮闘ぶりはこんな本にもなっていたり.

上がれ! 空き缶衛星

上がれ! 空き缶衛星

自分が今居る研究室を目指すきっかけとなったのは,何を隠そう高2のときに読んだこの本だった.研究室といえば黙々と書籍を読み,論文に没頭するような場所を漠然とイメージしていた中で,「大学の研究室って,こんな楽しそうなこと出来るのか!」と驚いた覚えがある.そんなコンペに自分が出場するというのは不思議な気分だったけれど,学生最後の夏の過ごし方としてはなかなか良い選択だったのではないかと思う.

砂漠へ


日中は基本的に砂漠に滞在するので,まずは十分な飲み物と食料を確保する.初日に空港近くのスーパーで全日程分を買い出し.水150リットル,リンゴ50個,タコス4袋などなど.砂漠では自覚症状の無いうちに脱水症状に至る可能性があるため,食べると自然と水分を摂りたくなるタコスは先人達の知恵だ.レンタカーを飛ばし,リノの空港からガーラックへ.ARLISS歴代御用達のモーテル,Bruno'sに到着.


中にはロケットの模型や写真が飾られている

朝晩はレストランに行けばこういう食事にありつける.ちなみにこれは朝食.Bruno'sから車で20分,ブラックロック砂漠へ入る.砂漠と名を冠するだけあって,見渡す限り同じ景色.初日は射場までの目印のコーンを見失い,遭難しかける.


ロケットの射場付近では現地のロケットチームがキャンピングカーを張っていた.彼らはARLISS期間中ずっとこの砂漠の中にとどまる

カンサット

自分たちの製作したカンサットは,「画像認識と電波強度分布を使ったフォーメーションフライト(編隊飛行)を行う」という,まあ一言で言えば欲張りまくった機体だった.元々研究室で進んでいる衛星プロジェクトがある中で合間を縫って製作したため,渡米時点でもソフトウェアが完成しておらず,モーテルでも開発が続行された.

打ち上げ機会はロケットが故障しようが上空で突風が吹こうが2回.「なぜかこう書くとリセットする」「ときどき電波が取れない」現地でも機体の動作は安定せず,焦りが生まれる.



部屋にサソリが出現するような環境で,オシロスコープやら大量の機材を持ち込み,部屋を散らかしまくる.

故障,打ち上げ

1回目の打ち上げ前日に,画像認識に使うカメラが突然動作しなくなるというトラブルが発生した.しかも,予備機と打ち上げ用,2台のカメラが同時に.調べてみると,どうもソフトウェアの問題ではなく,カメラモジュールが完全に壊れている.1回目の打ち上げにはカメラを搭載せず,画像認識なしで行える実験のみを遂行することとなった.苦渋の選択だった.

コンペ日程は全4日間で,ロケットとカンサットお互いの準備さえ整えばいつでも打ち上げ可能だが,天候次第で中止されることもある.カメラ以外にも動作にいくつか問題を残したまま,1回目の打ち上げは2日目の午後に行うこととなった.問題の一つは,搭載する通信機の電波到達距離が足りないということだった*2.ロケットから放出されたカンサットGPS情報を乗せた電波を発信する.地上でこの電波をキャッチできれば,カンサットが着地する場所を正確に知ることができる.逆にこの電波を拾えないということは,だたっぴろい砂漠の中,30cmのカンサットを目で探さなければならないことを意味する.

各自が自分の開発担当部分にさまざまな思いを馳せつつ,作り上げたカンサットを自分たちの手でロケットに詰め込み,射場へと運ぶ.


打ち上げ地点の付近は危険なので,総員退避.遠隔地点から発射スイッチが押される.


打ち上げは成功だった.ロケットは綺麗に上昇し,やがてロケット側の機構がカンサットの分離を検出したとのアナウンスが.打ち上げ成功に喜びつつも,電波を受信できない我がチームは落下方向を見失わないように必死に目でカンサットの行方を追う.しかし,機体名「ドラえもん」にちなんで取り付けられた紺色のパラシュートは快晴の青空に溶け込み(誰も視認性についての重要さに気付けなかったのは無念だった),ほどなく視界から消えた….

見つからない機体

さっそく車での捜索が始まった.ロケットの落下地点を中心に探索するが,他大学のカンサットばかりが見つかり,自分たちのものは一向に見つからない.打ち上げ日の日没まで捜索は続いたが,結局発見することはできず,一旦モーテルに帰還することに.


結局その翌日丸一日を捜索に費やしてもカンサットは見つからず,翌々日,競技最終日である4日目の朝に発見された.

ここも宇宙

夜になるとカンサットの捜索は否が応でも打ち切られ,代わりに星空に支配された世界となる.邪魔するものがない砂漠の夜空は自分の語彙ではちょっと説明の出来ない素晴らしさだった.何も無い砂漠に寝転がって空を見ると,くっきりとした天の川が視界を覆う.じっと眺めていると,ある瞬間から頭の中の空間認識が変化することが自覚できる.星空が球面に張り付いた点の集合ではなく,立体的な配置を持っているように見えてくる.渋谷で自分が人ごみの中に居るのを知覚するのと同じように,あるいはメリーゴーランドで馬とともに自分が回転しているのを知覚するのと同じように,銀河系円盤の「中に居る」感触がはっきりと得られる.いつか宇宙に行きたいという夢は持ち続けているが,ここだって宇宙なのだ.



カメラ調達,二度目の打ち上げ

さて,機体がいつまでも回収できないのも問題だが,カメラが故障したことも大問題だった.たとえ機体が見つかったとして,またカメラ無し,画像認識を失った状態で打ち上げるのか.他チームが使っているカメラはインターフェースが大きく異なり,搭載するには大きな改造が必要になる.カメラを買い直すにしても,取り扱っている日本の代理店では国内ですら納期が1週間かかった.
ところが,たまたま殆ど同じカメラが売られている米国の通販サイトが見つかった.実店舗はオハイオネバダから見ると米国の正反対側だが,50ドルを支払い,最速の配送オプションを選ぶと何と"Delivery by 10:30AM next business day. "だという.これなら打ち上げに間に合わせることができる.これを買うと予算を超過する上,機体が見つからなければ無駄な出費に終わるが,迷わず発注ボタンを押した.
カメラは少し遅れて3日目の昼過ぎに届いた.UPS(米国の運送会社)の運転手はモーテル宛の空輸速達なんて聞いたことが無いらしく,散々道に迷ったと言っていた."Where is it!?"と笑いながらカメラを渡してくれたおねえさんに感謝を言い,急いで動作確認を行った.レンズ特性が前の物と異なっていたので,壊れたカメラからレンズのみ取り外して交換.カメラの動作は完璧だった.
4日目に機体が見つかると,新カメラを統合し,急ピッチでプログラムの調整作業に入る.GPS電波が取れないことは分かっていたので,打ち上げから捜索,回収までを日が沈まないうちに行う必要がある.ところが,すべての機器を繋ぐと搭載コンピュータの動作が安定しない.1回目の打ち上げ衝撃でメインボードの一部が故障していた可能性があったが,それを特定している時間は無かった.日が沈みつつあり,もうこれ以上は待てない.刻一刻と暗くなる中,やむを得ずカンサットをロケットに詰め込む.



残念ながら良くて5割程度の成功率にしか成らなかった機体を乗せ,ARLISS全体で最後の打ち上げが行われた.

打ち上げ失敗?

打ち上げ後すぐ,ロケットの姿は見えなくなった.既に空が暗いので,見失うのも仕方無いといえば仕方無い.1回目の着地地点と現在の風向きからカンサットの落下地点を予想し,車に乗り込んだ.ところが,間もなくある情報が届けられた.

「ロケットのパラシュートが開いていない.カンサットは分離されなかった可能性がある」

ふつうロケットは上空で2つに分離し,カンサットを放出後にパラシュートを開いてゆっくり降りてくる.パラシュートが開いていないということは,ロケットに問題があり,カンサットを放出できなかったかもしれないということだ.ここまで来てロケットの不具合かと天を仰ぐ.さらに数分後,地面に深く突き刺さったロケットが打ち上げ地点から数kmのところに発見された*3

この地面の中にカンサットが居るのか.ところが,地面から引き抜いたロケットにカンサットは入っていなかった.分離は行われたようだった.
安心したのもつかの間,もうほとんど日が沈んでいる.急いで車に戻り,捜索を再開する.サーチライトを照らしながら砂漠を走るが,結局,この最終日にカンサットは見つからなかった.

そして翌日

競技は全日程が終了し,次の日は各チームの成果発表となった.自分たちのチームは一部がプレゼン要員として残り,ほかは朝から再び砂漠での捜索となった.2度目の捜索も難航し,プレゼンも終わった後でようやく機体は発見された.

機体からSDカードを抜き取り,取得したデータを読み込む.
部品の現地調達や丸2日の捜索,日没ぎりぎりの打ち上げと綱渡りを繰り返してきた.ここで最後に完璧なデータが取れればドラマチックだっただろうが,残念ながらほとんど意味のあるデータを取ることは出来なかった.せっかく購入したカメラも,空中で動作した履歴は一切残っていなかった.

東北大学がカムバック部門でゴールに到達,という輝かしい成績を残した傍ら,自分たちの機体は目立った成果を出せないままARLISSが終わった.

宇宙兄弟

自分達に足りなかったのは,はやぶさで有名になった言葉を借りれば「こんなこともあろうかと」という思想だったのだろうと思う.電波が届かなくても目で追えるようにパラシュートを空の補色にしておく.予備部品は開発効率を上げるためだけに安易に使わない.あの時こうしていれば,という反省点はいくらでも思いつく.時間が足りなかったという言い方もできるが,それは結局のところ時間をかけるべき場所を見誤ったという技術の問題だとも言える.小型衛星の開発に4年携わってきたが,今回でまだまだ未熟だということを痛感させられた.

ところで,宇宙兄弟という漫画の最新刊で,このARLISSをモデルとしたコンペが描かれている.

宇宙兄弟(11) (モーニングKC)

宇宙兄弟(11) (モーニングKC)

もしあなたがこの漫画を読んで,ローバー製作やコンペを面白そうだと思ったのなら,ぜひ参加してみると良い.ARLISSは高校生や大学生のチームになら門戸が開かれているし,そうでないならSOMESATブラックロックに行って打ち上げを行ったように,独自のプロジェクトで現地のロケットチームに打ち上げを依頼しても良いかもしれない.実際に参加した者として断言できるが,ARLISSでは言葉を失うほどの星空と,漫画で読んで想像できるよりも100倍面白いエンジニアリングの世界があなたを待っている.苦労は1000倍かもしれないけどね.

*1:宇宙に行くわけではないので,模擬人工衛星と言ったほうがいいかも

*2:XBeeという通信機は,本来なら数㎞の距離でも通信ができるはずだったが,日本に輸入されているモデルは国内法規制に準拠した形で出力がわざと抑えられていた.そのこと自体は事前に把握していたが,砂漠での通信可能距離に対する予想が甘すぎ,たった数百mしか電波が届かなかった

*3:ちなみにパラシュートを開かずに落ちてくるロケットはとても危険で,固い地面を1m近く抉る.車に乗っていようが直撃すればただでは済まない