系外惑星に生命は芽生えるか:グリーゼ581c/dの地表温度推定

系外惑星の発見

最近,「系外惑星」(太陽以外の恒星を周回するような惑星)の発見が天文の分野でちょっとしたブームとなっている.逆を言えばつい最近まで,太陽系以外の惑星は全く見つかっていなかった.夜空に輝く星は全て太陽と同じ,自ら光り輝く恒星だ.それらすべての恒星に地球のような惑星が回っているのか,或いは太陽系が奇跡のポイントなのか,今までは誰も知らなかった.
ところが近年,系外惑星が存在する証拠を次々と捉えることができるようになった.それによってわれわれの太陽系がどの程度ありふれたものなのか,今急速に暴かれつつある.地球が世界の中心では無いことをかつてニュートンが暴いたように,今は太陽系が銀河系の特異点では無いことを世界中の天文学者が暴きにかかっているという,ちょっと面白い状況にある.

「スーパーアース」グリーゼ581c,d

系外惑星を見つけるのに現状最も成果を上げている方法は,恒星のふらつきを観測するというもの(視線速度法)だ.惑星が恒星のまわりを回るとき,恒星もまた惑星に引っ張られてごく僅かに動く.この動きによる恒星光のドップラーシフトの幅と周期を注意深く観測することで,直接惑星を見ることができなくとも,どのような軌道で,どのくらいの重さの惑星が回っているのかを計算できる.地球から20光年(銀河系を日本列島サイズとすれば,距離たった400mの近所),グリーゼ581という小さな恒星を回る4つの惑星も,この方法で「発見」された.


Udry, et al."The HARPS search for southern extra-solar planets. XI, An habitable super-Earth (5M) in a 3-planet system "Astronomy and Astrophysics (preprint)より.グリーゼ581のふらつきを観測すると,13日という周期にピークが立っている.これは,13日周期で恒星を周回する惑星の存在を示唆している.これを手がかりに恒星系のシミュレーションを行い,各観測値を最も合理的に説明する惑星の組み合わせを探索する

4惑星のうち2つ,グリーゼ581c,dは面白い特徴を持っている.それはこれまで見つかっていた系外惑星に比べ,かなり地球に似ていそうだということだ.系外惑星は現在までに300個以上が見つかっているが,多くは木星のように巨大で,かつ水星のように恒星の近くを回るものだった.人類の常識で考えると、そんな星(ホット・ジュピターと呼ばれる)に生命が誕生するとは考え辛い.そういう惑星のほうが発見し易いというだけなのか,本当にそういう惑星の割合が大きいのかはまだ断定できないが,ともかくそういういった状況下で,グリーゼ581c,dの二つは地球のように岩石から成る惑星*1であり,しかもひょっとすると液体のH2O,つまり水が存在するかもしれない(!)程度の距離で周回していることが判明した.


グリーゼ581系惑星の軌道.内側からe,b,c,dと並ぶ


動画での解説.

問題設定

地球史を1年に例えると,海ができてわずか6日後に最初の生命が誕生したとされる.十分な水が存在するのなら,そこに何らかの生態系が発達している可能性は大いに期待できる.あるいは,その近さと相まって太陽亡き50億年後の人類にとってのフロンティアとなる可能性もある*2.惑星に水が存在できるかどうかを左右するのは,その地表温度だといえる.とはいえグリーゼ581c,dについて分かっている情報は,今のところ軌道と質量しか無い*3.このたった二つの情報と,主であるグリーゼ581のデータをもとに,温度を推定できるだろうか?

熱のバランスポイント:放射平衡温度

惑星の温度が安定しているとき,

  • 惑星に入る熱(恒星からの放射)
  • 惑星から出て行く熱

は釣り合っている.ただし惑星は浴びせられた光の全てを熱として吸収する訳ではない.その吸収度を表す因子をアルベド(A)と呼ぶ.A=1だと全部の光を跳ね返し,A=0だと全部を熱として吸収する.白い物のほうが黒い物より温まりにくい,つまりアルベドが大きい.これを式で書くと
入力:(1-A)\pi a^2 F
となる.Fは惑星から見た恒星の明るさ(単位面積あたりエネルギー),aは惑星の半径だ.
惑星はこの貰った熱をどこかに逃がさないとならない.日常生活では熱い物は空気や接触している別の物を媒介して熱を逃がせるが,惑星は真空にぷっかり浮かんでおり,熱を渡す相手がいないように思われる.こういう物体の放熱を支配するのが,「黒体輻射」である.黒体ってなんぞ,という話は置いておき,とにかく黒体とみなせる物体の場合,そこからは光の形で熱が出て行く.その量は材料にも形状にもよらず,温度と表面積だけに依存する.
出力:4 \pi a^2 \sigma T^4
σはシュテファン・ボルツマン定数と呼ばれる定数である.入力=出力として上の2つの式を結んでみると不思議,いとも簡単に惑星の温度を示す次の式が導き出された.

系外惑星の半径aは直接求められないが,この式ではとても都合が良いことに姿を消してくれた.Fは惑星軌道と恒星の明るさ(絶対等級)が分かるので簡単に求められる.唯一分からないのがアルベドである.とりあえずアルベドの値を0から1まで変化させてみた場合の,グリーゼ581c,dの温度Tを求めてみる.

比較用に地球,金星もプロットしている.このような計算で求められた温度のことを「放射平衡温度」と呼ぶ.見ると地球はちょうどグリーゼ581cと581dの中間あたりに位置していそうなことが分かる.グリーゼ581cのアルベドが地球と同じレベルなら,一年を通してこの温度は水が存在できる0〜100℃の範囲に納まっている*4

温暖化は地球を救う:温室効果

では,放射平衡温度=実際の地表面温度かと言えば,必ずしもそうではない.地球の放射平衡温度は-18℃と,実際の全球平均温度(約17℃)よりもやや低い.金星などはもっと酷く,放射平衡温度は-49℃なのに対して実際の地表温度は460℃にも達する.
地球を氷の惑星から脱出させ,金星を灼熱地獄たらしめているのは,かの「温室効果」だ.先の計算では「地表」と「外部」が直接熱のやり取りをするかのように計算したが,実際にはその間に大気の層が挟まっている.中でも温室効果をもたらす気体は,恒星から入ってくる可視光を素通しするのに,惑星表面から逃げる光を吸収する特性を持っている*5.このような大気が1層存在すると,熱のやりとりはこんな感じになる.

大気(温度T_c)と地面(T_s),それぞれの視点で熱の入出力が一致しているはずなので,1+3=2+3=4(=\sigma T_s^4)となる.また,雲からの放熱は上下に対称な黒体輻射なので,2=3(=\sigma T_c^4)でもある.これらから,

恒星から見ると,外側の大気が熱のやりとりをしているように見えるので,放射平衡温度とここでの大気温度T_cは一致する.つまり,温室効果を持つ大気があることで,放射平衡温度だけの計算よりも1.2倍温度が上がる.*6

さらに,実際の大気はひと塊では無く,多層になっているとみなすことが出来る.N層の大気がある場合には,上の考えを発展させることで

と求められる.Nは大気層の数としたが,実際の惑星大気の光学的厚さというパラメータともほぼ一致する.金星の強烈な温室効果は,金星大気の光学的厚さが80程度とすると説明がつく(これは実際の観測結果とも矛盾しない).
温室効果をもたらす気体としては二酸化炭素がお馴染みだが,実は水蒸気のほうが遥かにその能力が高い*7.惑星にじゅうぶんな水と大気があるのなら,必然的に温室効果が発生してしまう.ということは,水を期待する系外惑星の地表温度をより正確に見積もりたいのであれば,アルベドAだけでなく温室効果Nの値を考慮しなければならない.そこで,AとNをパラメータとし,100℃間隔で温度の等高線をプロットしてみる.

AとNの組み合わせがグレーの領域に収まってくれれば,水の存在を期待できる.たとえばグリーゼ581cが水蒸気をたっぷり抱えた水の惑星であれば,分厚い雲で覆われるお陰でアルベドが0.9を超え,水蒸気によってN〜10程度の温室効果を実現できている可能性は十分にある(7割程度が雲で覆われていれば水を期待できると言っている科学者もいる).或いはグリーゼ581dが地球程度のアルベド0.3の大気組成で,かつ強い温室効果をもたらすダストを抱えている可能性もある.このあたりは完全に推測の域になるが,彼方の系外惑星に,生態系が発生しうる環境が構築されているシナリオはいくらでも描ける.

惑星のバーベキュー:自転と公転,放射緩和時間

ここからはもう一歩妄想を展開し,グリーゼ581c,dに地球と同密度の大気が存在したとして,その気候がどのようなものかを想像してみる.
惑星の地表温度とひとことで言っても,昼と夜,夏と冬で入力される熱量は異なる.これらの環境変化に対する実際の地表温度推移は,大気の熱容量によって決まる「放射緩和時間」τというパラメータに左右される.

この時間が惑星の自転や公転時間よりも長いと,惑星の地表温度変化は非常にマイルドになる*8.Mが大気質量,c_pが比熱を表す.先の仮定の下でグリーゼ581c,dの場合の放射緩和時間は約50日および280日となる.これはc,dそれぞれの公転周期13日,84日よりも小さい.つまり,楕円軌道を周回していても,大気の熱変動が軌道周回に追いつかないために気候変動はマイルドになる.自転周期は未知だが,既知の惑星は全て公転周期より短い自転周期を持っていることから予想すれば,昼夜の温度差も心配する必要は無さそうだ.グリーゼ581c,dは恐らく万遍なく火が通っている.

大気は熱を運ぶ:熱機関としての惑星大気

ただ,最悪のケースとして自転周期と公転周期が一致した場合のことも考えておく.これは地球から月の裏側が見えないように,常に惑星の片側にだけ恒星の光が当たっている状況を意味する*9.片方が常に昼で片方が常に夜というのは,流石に温度差が激しそうだ.
実は,この心配に対して熱力学からのアプローチである程度の確度で回答を得ることができる.細かい説明を省くと,惑星の大気を熱力学でいう「熱機関」と考えることで,「地表の風速U」「昼夜の温度差δT」を導くことができる(ゴリツィンの統一理論).

kは定数項で,地球での観測値0.1で近似可能である.惑星半径aについては,地球と同じ岩石型惑星である限り密度も地球と大差無いと考えられるので,密度と質量から推定した値を用いる.そうするとグリーゼ581c,dについて,このような値が予想される.

風速,昼夜温度差とも,驚くほど地球に近い.この計算には惑星自転の効果は入っていない*10.つまり,たとえ片側のみが常に昼であるとしても,熱輸送によって昼夜の温度差はそれほど広がらない.
大気量が地球と異なっていた場合はどうなるだろう.581dについての結果を下に示す.

大気が薄いほど熱の輸送能力が下がり,温度差も風速も上がる.とは言っても,地球の10分の1しか大気が無いとしてせいぜい30度程度の温度差,20m/s程度の風速しか無い.グリーゼの惑星は,案外生命にとって住みやすい環境を構築できているかもしれない*11

まとめ

系外惑星グリーゼ581c,dの地表温度には不確定なパラメータが幾つもあるが,地球によく似た地表環境が実現されている可能性は大いにある.繰り返しになるが,これらの惑星は誰も直接観測したことが無い.恒星のふらつきというほんのわずかな情報から,誰も見たことも無い惑星について,今回のような推測を立てることができる.
現在,このような系外惑星を観測するTPFという衛星ミッションがヨーロッパで計画されている(残念ながら木星探査ミッション関係に予算を回され,打ち上げ年が無期限延期となってしまったが,予算が復活する可能性はまだある→地球型惑星探査機 - Wikipedia).これは惑星大気のスペクトルを捉えることで,水の存在や生命活動の痕跡を直接観測することを狙う興味深い計画だ.これが実現すればここに書いたような推測が科学的な手続きのもとで検証され,系外惑星系に広がる世界をもう少し具体的にイメージできるようになるだろう.

参考資料

[1] 松田佳久「惑星気象学」東京大学出版会,2000 年.
[2] 宮本正太郎「惑星学入門」東海大学出版会,1980 年.
[3] 井田茂「系外惑星東京大学出版会,2007 年.

蛇足

これはもともと太陽系惑星の気象に関する講義のレポート課題として調べていたもので,レポート期限に間に合わなかったためにブログのネタにしたものだったりします.惑星気候を左右する現象はここに挙げた以外にも色々とあり,太陽系内で見ても金星大気のスーパーローテーションやエンケラドゥスの潮汐加熱など,惑星,衛星それぞれに個性豊かな環境が有り,グリーゼ581c,dについても意外な正体を持っているかもしれません.

*1:実際に岩石であることを観測した訳ではない.現在考えられている惑星形成のプロセスを考えると,グリーゼ581c,dの軌道と質量を実現できそうなものは木星のようなガス惑星ではなく,地球のような岩石惑星であるということだ.

*2:恒星は一般に質量が小さいほど長寿命であり,小さな赤色矮星グリーゼ581の場合は太陽より遙かに長い数百億〜数兆年の間エネルギーを放出し続ける.ただし,恒星そのものの寿命は長くとも,惑星軌道がどこかで不安定になり,結果快適な住家を失ってしまう可能性はある

*3:地球の方角から見て惑星が運良く恒星の前を通過すれば,これ以外にも情報を得ることができる.グリーゼ581では残念ながらそのような位置関係に無い

*4:水の融点と沸点は大気圧によるので,グリーゼ581c,dでの水の存在条件が0〜100℃とは限らないが,今回の議論では省いている

*5:これは黒体輻射が赤外領域,恒星の放射が可視光という違う波長であるのが原因である.温室効果を持つ多原子分子は,赤外領域の波長に励起される性質を持つゆえに,可視光をスルーするくせに地面からの放熱は吸い込む

*6:これを地球に当てはめると,−18℃(=255K)の1.2倍は33℃(=306K)となる.少し暖か過ぎるが,この差は大気による熱の輸送効果で説明が付けられる

*7:地球では温室効果ガスとしての効果は水が60%,CO2が28%である(参考).

*8:金星,地球の緩和時間は自転周期よりも長いため,昼夜で100℃ほど温度変動がある火星に比べてかなりマイルドな気候である.天王星は自転軸が約90度傾いているため極端な熱分布を示しても良さそうだが,公転周期より長い緩和時間を持つ大気で覆われるために,年間を通して温度変動が数度と小さい

*9:このような一致は地球・月系のような天体サイズに対して半径の短い軌道で比較的よく見られるもので,潮汐力の作用による

*10:自転効果を無視できるかどうかは,赤道での自転速度をその惑星での音速で割った値,λが大きいかどうかで決まる.太陽系の地球型惑星ではいずれもλが小さいため,地球型惑星では自転の効果を考えなくて良いと推定した

*11:それでも常時夜の領域では光合成ができないため,地球とは異なる生態系が発達しているかもしれないし,人類が引っ越すなら昼側限定ということになるかもしれない